第二話です。
忙しいんじゃなかったんかいといわれれば、確かに相対的には忙しいんですが、嬉しい誤算で意外と時間があります。
青蛙さまに描いていただきましたよ!!!
今回のセルフ二次創作の表紙とでも申しましょうか!
じゃきーんとしている啓ちゃんが凛々しいっっ><
ありがとうございます!
またぜひ!(さらりと/笑
莉啓の中華一番 2
「エントリー人数、百二十三人……どうしましょう、短期間の募集だったのに、こんなに集まってしまうなんて」
花で彩られた椅子に深く腰をおろし、金髪の少女は瞳を伏せた。まだ、十代前半の幼さの残る表情に、影がさす。
彼女の名はキャンディ=エラット。キトロンの町の領主である、スイト=エラットの一人娘だ。そして今回、この料理人選手権を主催する人物でもある。
とはいえ、発案したのは彼女ではなかった。
彼女はただ、カゴの鳥同然の生活のなかで、ぽつりと洩らしただけなのだ──せめて料理ぐらい、もっともっとおいしいものが食べたいわ、と。
「だいじょうぶ、一次審査は筆記試験にするから。それでずいぶん落とされるよ」
彼女の隣で、青年が答える。何一つ心配などしていないという、軽い口調だ。キャンディは、すがるような目を彼に向けた。
「でも、スイカさん。わたくし、不安です。たくさんの方たちの前に立つなんて、考えただけで震えが──」
スイカ──正確には、翠華と発音する──と呼ばれた青年は、優しく目を細める。だいじょうぶ、ともう一度くり返して、キャンディの頭を撫でた。
「キャンディ嬢が出て行くのは、最後の最後でいい。途中の進行は僕がやってあげる。おいしいものを食べたいんでしょう、君は楽しまなきゃ」
緑色の透き通る長い髪、異国情緒溢れるぞろりとした衣装──黙っていれば、「美人」という形容がこれほど当てはまる人物もいないほどなのだが、彼の口調はずいぶんと幼さを感じさせた。
それでも、キャンディは安心したようだった。彼女は、つい最近になってエラット家に雇われたこの青年のことを、全面的に信頼していた。楽師として屋敷に来たらしいが、それらしい場面は見たことがない。だが、それに不満を漏らす気などなかった。腰に携えている笛を鳴らすことよりも、キャンディとの対話に時間を割いてくれるのが、彼女にとってはありがたいのだ。
「僕も、楽しませてもらうよ」
そういって彼が見せた、悪役さながらの笑みにも、彼女は気づかなかった。
*
第一問
料理の「さしすせそ」をすべて答えよ。
第二問
小口切りとは、どのような切り方のことか、答えよ。
第三問
ピーマンとパプリカの違いを答えよ。
第四問
魚の二枚おろしと三枚おろし、一般的に向いているとされる料理法を答えよ。
「……悠良ちゃん、わかる?」
「考える気にもならないわ」
問題用紙から顔を上げ、そう問いを口にした怜に、悠良は簡潔に答えた。身も蓋もないが、それが正解だなと思い直し、怜も問題用紙を放り出す。料理人選手権、第一次の筆記試験は、『料理に関する基本問題百』。
試験会場は、領主が所有しているというダンスホールだ。急遽運び込まれたのだろう、色も大きさもばらばらの机と椅子が、端から端に並んでいる。百人を超える老若男女が、一心不乱に机に向かっている図というのも、なかなか見られるものではない。
悠良や怜のような付き添いのものも少なくなく、彼らにも問題用紙が配られていた。単に、だれが参加者でだれが付き添いか、いちいち確認するのが面倒なだけだったのかもしれない。
「莉啓はわかるのかしらね。専門の教育を受けてきたわけではないでしょう」
案ずる様子でもないが、悠良がそんなことをいいだす。怜は、面倒そうに相棒の後ろ姿をみやった。
エントリーが遅かったからか、莉啓には最後尾の席があてがわれていた。不正を防ぐため、野次馬が見守る後方からはずいぶんと距離があるが、それでも充分に見える位置だ。
その後ろ姿に、苦悩の色はない。まっすぐに背筋を伸ばし、筆を動かしている。
「だいじょうぶなんじゃないの。あいつって、なんていうか、変に完璧主義じゃん。本とか読んでんだよ、たぶん。新妻のためのお料理のコツ、みたいなのとか」
「……それは、ちょっと壮絶ね」
悠良は想像したようだった。新妻のための本を真剣に読む莉啓。
「いや、冗談だけど」
「やりかねないわ。私、夜中に莉啓が包丁を研いでるのを見たことがあるの。彼が料理にかける情熱って、計り知れない」
「…………うーん」
怜は返答に困る。その情熱は、正確には料理に注がれているものではないはずなのだが。
「──みなさん、時間です! いまから解答を読み上げますので、お隣と解答用紙を交換してください。赤ペンは前から回しますので、一本ずつとって後ろへ──ああ、そうそう。円滑によろしく」
よく通る声が響いた。
壇上から、覆面をした男が指示を出している。全身緑色の衣服、覆面から飛び出した長い髪も緑色だ。奇妙に笑った顔をした覆面は、道化師のものだろうか。
「あの声、聞いたことがある気がするのだけど」
小首をかしげて、悠良がつぶやく。
怜は気づきたくなかったので、できるだけ気づかないことにしておいた。
「気がするねー」
なので、流した。
覆面の男が、一定のリズムで、ゆっくりと解答を読み上げる。採点されていく規則的な音が、まるで円舞曲のようだ。難易度の高い問題は決まっているのか、バッテンが打たれているであろう音も、複数重なって響く。
「飽きた」
その静かな空気に耐えきれず、怜は一言ぼやいた。
「そうね」
思考の間もなく、同意。
「もうここ出てさ、お茶でもしようよ。採点終わるまでどうせヒマだし」
「いいわね。そうしましょう」
彼らのためにがんばっている炎の料理人の後ろ姿を、二人は見た。だいじょうぶ、彼ならきっとだいじょうぶだ。そこにあるのは、輝かしいまでの信頼関係。
ということにして、二人はさっさと会場を後にした。
見事全問正解で、一次試験をトップ通過した莉啓が、包丁を構えて彼らのいるカフェに押しかけるのは、それから数十分後のことだった。
つづく!
莉啓主役なのにしゃべってないね。不思議。