質問
1 「明日が締切か。困った,困った」
2 「明日が締切か。こまった,こまった」
3 「明日が締切か。コマッタ,コマッタ」
*1~3のうち,発言者が一番若いと思うのはどれですか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │5 │34 │29 │
│女性 │5 │36 │31 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │5 │28 │19 │
│女性 若 │5 │31 │20 │
│男性 親 │0 │6 │10 │
│女性 親 │0 │5 │11 │
2,3共に多く,1はほとんどない。2は,平仮名が幼さを連想させるため,3は,片仮名が若者言葉を連想させるためだと考えられる。3よりも2の方が多いのは,「コマッタ」の場合,年齢によるというよりは意味の違いで口にしている印象が強いため,片仮名=若者言葉と安易に直結しないのだろう。
(Ⅰ-ⅲ-①)
質問
1 「嫌い。もう,顔も見なくない」
2 「きらい。もう,顔も見たくない」
3 「キライ。もう,顔も見たくない」
*1~3のうち,違和感のある表記はありますか。
アンケート結果
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 │37 │4 │23 │11 │
│女性 │56 │0 │12 │5 │
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 若 │30 │3 │17 │7 │
│女性 若 │42 │0 │11 │3 │
│男性 親 │7 │1 │6 │4 │
│女性 親 │14 │0 │1 │2 │
「ない」がもっとも多い。前述の「寒い」「困った」に比べると,片仮名表記も違和感なく受け入れられるようである。実際,雑誌や小説,漫画等でも,これらの表記はすべてよく見かける。平仮名表記や片仮名表記に違和感を抱く回答者も少なくはなく,やはりもっとも一般的な表記が漢字表記であることは間違いない。
(Ⅰ-ⅲ-②)
質問
1 「嫌い。もう,顔も見なくない」
2 「きらい。もう,顔も見たくない」
3 「キライ。もう,顔も見たくない」
*1~3のうち,どれが一番嫌っている印象を受けますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │42 │2 │24 │
│女性 │43 │3 │26 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │32 │2 │18 │
│女性 若 │35 │2 │19 │
│男性 親 │10 │0 │6 │
│女性 親 │8 │1 │7 │
もっとも多いのは1だが,3も多く見られた。漢字表記は,固い印象があり,「嫌い」という語の本来の意味が一番強いと考えられる。平仮名表記は,やわらかい印象となるため,この場合は「嫌い」の度合いを低める作用が働く。片仮名表記になると,今度は片仮名自体に冷たい印象があるために,「嫌い」の意味がより冷たく,辛辣なものに感じられるのだろう。
(Ⅰ-ⅲ-③)
質問
1 「嫌い。もう,顔も見なくない」
2 「きらい。もう,顔も見たくない」
3 「キライ。もう,顔も見たくない」
*1~3のうち,どれが一番嫌っている度合いが低いと感じますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │5 │45 │18 │
│女性 │3 │48 │21 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │3 │38 │11 │
│女性 若 │1 │40 │15 │
│男性 親 │2 │7 │7 │
│女性 親 │2 │8 │6 │
前述したように,平仮名表記はやわらかい印象を与えるために,2という回答が群を抜いて多い結果となった。漢字表記にすると本心から嫌っている印象を受けるが,平仮名表記だと少しけんかをしただけ,ぐらいのニュアンスにとれるようである。しかし,ここでも3という答えが見られる。これは,Ⅰ-ⅱ-3「明日が締切か。コマッタ,コマッタ」と同様,片仮名表記にすることで,本気で言っているわけではない,軽く言っている,というニュアンスが付加されるために,ここでも語の持つ意味の度合いが低いと判断されたようである。片仮名表記は,少しかわいい印象がある,女性が恋人とけんかをして拗ねたように言っている,甘えた感がある,など,女性の台詞としての,特に恋人同士のやりとりとしての意見が多く見られた。
(Ⅰ-ⅲ-④)
質問
1 「嫌い。もう,顔も見なくない」
2 「きらい。もう,顔も見たくない」
3 「キライ。もう,顔も見たくない」
*1~3のうち,発言者が一番若いと思うのはどれですか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │2 │19 │47 │
│女性 │5 │13 │54 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │2 │17 │33 │
│女性 若 │4 │10 │42 │
│男性 親 │0 │2 │14 │
│女性 親 │1 │3 │12 │
3がもっとも多いという結果になった。2も見られるが,同種の若さを問う質問のなかでⅠ-ⅲ-④だけは2という回答が少ない。平仮名表記は幼さを連想させるため,若さに結びつく結果が多くなるが,この例文そのものが幼さと結びつけにくいものであるため,2よりも3という回答が圧倒的に多くなったのだと考えられる。
(Ⅰ-ⅳ-①)
質問
1 良子は我が侭で有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
2 良子はわがままで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
3 良子はワガママで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
*1~3のうち,違和感のある表記はありますか。
アンケート結果
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 │20 │40 │3 │6 │
│女性 │36 │30 │1 │9 │
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 若 │14 │34 │2 │3 │
│女性 若 │30 │25 │1 │4 │
│男性 親 │6 │6 │1 │3 │
│女性 親 │6 │5 │0 │5 │
「ない」という回答と,1という回答が多い。平仮名表記や片仮名表記はほとんど違和感なく受け入れられるようだが,漢字はかえって見慣れず,おかしいとする意見が多かった。なかでも,若者世代の男性が,多く漢字表記に違和感を持っている。女性の方が,許容が広いようである。
2の平仮名表記は,良子は幼い子どもでかわいい印象があり,3の片仮名表記になると2よりも少し成長した子ども,または手の付けられない子ども,大人の女性という印象がある,という意見がいくつか見られた。また,近代文学などでは漢字表記がされていたために,1は現代よりも前の時代の令嬢を連想した,という意見もあった。
(Ⅰ-ⅳ-②)
質問
1 良子は我が侭で有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
2 良子はわがままで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
3 良子はワガママで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
*1~3のうち,どれが一番わがままな印象を受けますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │10 │12 │46 │
│女性 │11 │13 │48 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │7 │7 │38 │
│女性 若 │6 │9 │41 │
│男性 親 │3 │5 │8 │
│女性 親 │5 │4 │7 │
1,2は少なく,3が多いという結果になった。漢字表記は見慣れないために対象外となったのだろうか。平仮名表記は,やはりやわらかい印象があるために少なく,片仮名表記がもっともわがままの度合いの高い印象を与えたようである。片仮名の持つ冷たいイメージも関係しているのだと考えられる。
(Ⅰ-ⅳ-③)
質問
1 良子は我が侭で有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
2 良子はわがままで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
3 良子はワガママで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
*1~3のうち,どれが一番わがままの度合いが低いと感じますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │21 │36 │11 │
│女性 │19 │41 │12 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │15 │30 │7 │
│女性 若 │18 │30 │8 │
│男性 親 │6 │6 │4 │
│女性 親 │1 │11 │4 │
やはり,2という回答が多い。平仮名の持つやわらかさは,わがままの度合いを下げる方向に働いている。1という回答も見られる。見慣れないために「わがまま」というイメージに結びつきにくいということが,理由としてあげられるだろう。
(Ⅰ-ⅳ-④)
質問
1 良子は我が侭で有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
2 良子はわがままで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
3 良子はワガママで有名だ。何でも思いどおりにいかないと気が済まないのだ。
*1~3のうち,「良子」が一番若いと思うのはどれですか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │2 │23 │43 │
│女性 │5 │30 │37 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │2 │15 │35 │
│女性 若 │5 │23 │28 │
│男性 親 │0 │8 │8 │
│女性 親 │0 │7 │9 │
3と2が多く,1という回答はほとんど見られない。ここでも,幼さを連想する2の平仮名表記よりも3の片仮名表記の方が多くなったのは,例文のニュアンス自体が良子の年齢を幼い子どもより上の世代を連想させやすいためではないかと考えられる。
まだ続きます。
正直、すっかり忘れてました。先日思い出してまた忘れました。
いままた思い出したので忘れないうちに載せます。
今回は
アンケート 1
です。
本当は、グラフがきちーっとあるんですけど、重いわ貼り方わからんわで、全部削除しました。
もうあれですよ、がっつり読みたいかたがもしいらっしゃいましたら、一太郎添付ファイルでメールするのでご一報ください。
興味のある方だけ、以下つづきです。
長いです。
4-1. アンケート調査の概要
漢字,平仮名,片仮名といった表記をどのように使い分けるのか,また,表記の違いによってどのように文の印象が変わるのかを調べるため,アンケート調査を行った(巻末の資料を参照)。アンケートは大きく二つの部分,ⅠとⅡに分かれるが,Ⅰでは,文章の読み手としての意見を調査した。同じ文のうち一つの語に着目し,漢字表記,平仮名表記,片仮名表記の三つの表記法で記し,それぞれどのような印象を受けるかを調査したものである。Ⅱでは,文章の書き手としての意見を調査した。( )内に,漢字表記,平仮名表記,片仮名表記のうち,適するものを選択することによって,表記の区別の傾向を調べたものである。文体,使用されている語,質問のなかで焦点となる語によって,どのように回答が変化するかを調査した。文体は,一つの語につき,論文・説明文,小説地の文,会話文の三種類を例文として取り上げ,それぞれ二例ずつ,合計六例の文について問うた。
また,Ⅰ,Ⅱ共に,創作活動を行っている回答者数人にインタビューをし,一つ一つの問いについて,なぜその回答にしたのか,どのような印象を受けるか,を調査した。以下の「4-2.アンケート調査の結果・分析」は,それらの意見も反映させた分析を記している。
回答者の性別,年齢,生活状況等の違いにより,回答の内容が変わってくることを考慮し,アンケートの冒頭に年齢,性別,職業,読書の頻度,インターネット使用の頻度,創作活動の有無等を調査する項目を設けた。年齢は,若者世代と親世代に大別し,結果をまとめた。それぞれについて考察した結果,性別による違い,年齢による違いがもっとも参考になると考えたので(これについては「4-3. アンケート結果のまとめ」に詳しく記す),以下の分析ではその二つの属性に関わるグラフを示す。男女別のグラフは,全体数を分かりやすくするために,回答ごとのグラフにまとめる。男女,世代別のグラフは,それぞれのカテゴリ(男性・若者世代,女性・若者世代,男性・親世代,女性・親世代)によって,どのように回答が変化するかを視覚的にわかりやすくするため,カテゴリごとのグラフにまとめる。
アンケートは,144人の回答者にご協力頂いた(無効回答数4,有効回答数140)。うち,男性68名(若者世代49名,親世代19名),女性72名(若者世代55名,親世代17名)である。高校生,大学生を中心とし,30歳までを若者世代とし,40代,50代を中心とした31歳以上60歳までを親世代とした。若者世代は,愛知県の高校生,愛知県,三重県の大学生を主としている。なかでも,愛知教育大学,三重大学の学生の占める割合が大きい。親世代は,若者世代回答者の両親が多く,愛知県在住の会社員,主婦等を中心にしている。主として,友人を介してアンケート調査を依頼したために,若者世代が大半を占める結果となってしまった。
生活状況については,「小説,文芸雑誌をどれぐらい読みますか」という質問に対して,「月に10冊以上」-3名,「月に5~9冊」-3名,「月に3~4冊」-16名,「月に1~2冊」-32名,「2,3ヵ月に1冊」-54名,「その他(ほとんど読まない)」-32名と,読書量は全体的にあまり多くないといえる。「漫画,ファッション誌,情報誌等をどれぐらい読みますか」については,「月に10冊以上」-19名,「月に5~9冊」-33名,「月に3~4冊」-34名,「月に1~2冊」-36名,「2,3ヵ月に1冊」-12名,「その他(ほとんど読まない)」-6名。「インターネットを利用していますか」については,利用していないと答えた回答者は24名,利用しているのは116名。利用者のうち,「ほぼ毎日利用している」-55名,「週2~3回程度利用している」-25名,「週1回程度利用している」-25名,「月1回程度利用している」-11名と,使用率の高さが伺えた。また,何らかの創作活動(仕事関係,または趣味で,小説,漫画,エッセイなど)をしていると答えたのは23名であった。
調査期間は,2003年10月から11月の約2ヶ月である。
4-2. アンケート調査の結果・分析
(Ⅰ-ⅰ-①)
質問
1 「ああ,寒い」
2 「ああ,さむい」
3 「ああ,サムイ」
*1~3のうち,違和感のある表記はありますか。
アンケート結果
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 │9 │1 │11 │54 │
│女性 │16 │0 │9 │53 │
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 若 │9 │1 │7 │39 │
│女性 若 │13 │0 │8 │40 │
│男性 親 │0 │0 │4 │15 │
│女性 親 │3 │0 │1 │13 │
3が圧倒的に多い。気温としての「寒い」を想像して1~3を読んだ場合,3の片仮名表記に違和感を覚えるのだろう。表記の形そのものをおかしいと感じたのならば,これ以降の質問の回答として3が多く出るのはおかしい。「ない」という回答は,3と比べれば圧倒的に少なくなってしまうが,表記そのものの形としておかしいかどうか,という質問の意図をもっと明確にしていれば,もう少し違った回答結果が得られたのではないだろうか。アンケート結果を見ても,やはり一番馴染みのある表記は1の漢字表記であるということがわかる。
意見として,片仮名表記は外国人の台詞のように感じる,というものが多かった。また,うけを狙った発言が笑いを取れず,一瞬白けた空気が流れる状態を表現する際には,片仮名表記をするが,この場合は「サムイ」ではなく「サムい」と表記する,という意見も多く見られた。全体を片仮名にするのではなく,普段漢字表記にする語幹部分だけを片仮名表記にするということのようである。
(Ⅰ-ⅰ-②)
質問
1 「ああ,寒い」
2 「ああ,さむい」
3 「ああ,サムイ」
*1~3のうち,どれが一番寒そうな印象を受けますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │54 │7 │7 │
│女性 │54 │0 │18 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │39 │6 │7 │
│女性 若 │41 │0 │15 │
│男性 親 │15 │1 │0 │
│女性 親 │13 │0 │3 │
1が大部分を占めているが,3という回答もいくつか見られる。3と答えたのは,女性の,特に若者世代が多い。Ⅰ-ⅰ-①にも関連するが,やはりストレートに外気の冷たさ,気温としての「寒い」を表現するのは1の漢字表現であるという結果になった。
(Ⅰ-ⅰ-③)
質問
1 「ああ,寒い」
2 「ああ,さむい」
3 「ああ,サムイ」
*1~3のうち,どれが一番寒くなさそうな印象を受けますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │4 │24 │40 │
│女性 │2 │37 │33 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │3 │22 │27 │
│女性 若 │2 │32 │22 │
│男性 親 │1 │2 │13 │
│女性 親 │0 │5 │11 │
Ⅰ-ⅰ-②と全く逆の質問になるので,やはり1という回答はほとんどない。2と3で大きく意見が割れる結果となった。若い女性の回答に2が多く見られるが,他は(男性:若者世代,男性:親世代,女性:親世代)3が多い。片仮名表記にすることで,どこか白々しい,現実感のなさが付加されるのだと考えられる。また,平仮名にはやわらかい印象があり,そのやわらかさが寒さを和らげる方向に働いたのだろう。
(Ⅰ-ⅰ-④)
質問
1 「ああ,寒い」
2 「ああ,さむい」
3 「ああ,サムイ」
*1~3のうち,発言者が一番若いと思うのはどれですか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │4 │25 │37 │
│女性 │4 │35 │33 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │4 │22 │26 │
│女性 若 │4 │25 │27 │
│男性 親 │0 │5 │11 │
│女性 親 │0 │10 │6 │
これも,2と3で意見が割れた。これは,これ以降の若さを問う質問全てに共通して言えることだが,「若さ」をどういう観点で捉えたか,ということに大きく左右されているのではないだろうか。というのは,前述したように平仮名表記はやわらかさを表すので,やわらかさ→幼さを連想する。対して,片仮名表記は最近の若者言葉を彷彿するため,いわゆる若者を連想する。どちらも「若い」という表現になるために,最初に連想した方を,または考えた末にどちらがより質問の意図に沿うかを汲んで回答とする,という現象が起きたのではないだろうか。要するに,曖昧な質問になってしまったのである。これはどういう意図で聞いているのか,幼い子と若者とを連想して,どちらを書けばいいか悩んでしまった,という声を多く聞いた。これについては,アンケートの不備が否めない。
ただ,やはりどちらにしても,1の漢字表記からは,若さは連想しないようである。
(Ⅰ-ⅰ-⑤)
質問
1 「ああ,寒い」
2 「ああ,さむい」
3 「ああ,サムイ」
*1~3のうち,気温とは関係ないことを言っていると思うものはありますか。
アンケート結果
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 │5 │3 │13 │57 │
│女性 │8 │1 │9 │59 │
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 若 │4 │3 │9 │43 │
│女性 若 │7 │1 │6 │45 │
│男性 親 │1 │0 │4 │14 │
│女性 親 │1 │0 │3 │14 │
圧倒的に3が多い。片仮名表記にすることで,前述した,うけを狙った発言が笑いを取れず,一瞬白けた空気が流れる状態を表現する場合の表記として受け取られたようである。片仮名にすると,自体一つの単語のように感じられる,という意見もあった。また,戦争中のようで恐ろしい,という意見もあった。戦時中を表した詩のなかに,全てを片仮名表記にしたものが多く見られるので,そういった印象づけがされているのだろう。片仮名表記にすることで,漢字表記よりも連想する意味の幅が広がることは確かなようである。
(Ⅰ-ⅱ-①)
質問
1 「明日が締切か。困った,困った」
2 「明日が締切か。こまった,こまった」
3 「明日が締切か。コマッタ,コマッタ」
*1~3のうち,違和感のある表記はありますか。
アンケート結果
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 │16 │4 │16 │38 │
│女性 │27 │2 │14 │33 │
│ │ない │1 │2 │3 │
│男性 若 │11 │4 │12 │28 │
│女性 若 │22 │2 │10 │24 │
│男性 親 │5 │0 │4 │10 │
│女性 親 │5 │0 │4 │9 │
3がもっとも多いが,「ない」という答えも多く見られる。1はほとんどない。3に違和感があると答えたのは,女性よりも男性が多く(「ない」という回答は男性より女性が多い),女性の方がより片仮名について許容があると考えられる。
意見として,漢字→平仮名→片仮名の順に気持ちに余裕が出てくる,というものがあった。片仮名になると,「困った」と言いつつも本当は困っておらず,気軽に言っている,実は楽しんでいる,という意見も多い。実際に困っているときに,「コマッタ」とはしない,という意見が多数だ。片仮名表記に違和感を覚えるとした回答者の意見には,コマッタという言葉は日本語には存在しない,表記そのものがおかしい,というものがあった。こういった類の意見は,親世代回答者に多く見られた。
例文とした会話文自体が,「困った,困った」と二回続けて言っており,「困った」と一回よりも軽い気持ちで言っている印象が強いため,かえって重い印象となる漢字表記では不釣り合いだ,という意見もあった。
(Ⅰ-ⅱ-②)
質問
1 「明日が締切か。困った,困った」
2 「明日が締切か。こまった,こまった」
3 「明日が締切か。コマッタ,コマッタ」
*1~3のうち,どれが一番困っている印象を受けますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │56 │3 │10 │
│女性 │60 │6 │6 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │42 │1 │9 │
│女性 若 │44 │6 │6 │
│男性 親 │14 │1 │1 │
│女性 親 │16 │0 │0 │
圧倒的に1が多い。困った,という語の本来持つ意味は,漢字表記がもっとも顕著に表すということになる。平仮名表記は,見た目のやわらかさから余裕が感じられ,片仮名表記になると,実は困っていないのでは,という意味が付加されるようである。
(Ⅰ-ⅱ-③)
質問
1 「明日が締切か。困った,困った」
2 「明日が締切か。こまった,こまった」
3 「明日が締切か。コマッタ,コマッタ」
*1~3のうち,どれが一番困っていなさそうな印象を受けますか。
アンケート結果
│ │1 │2 │3 │
│男性 │1 │21 │47 │
│女性 │1 │20 │51 │
│ │1 │2 │3 │
│男性 若 │1 │19 │33 │
│女性 若 │1 │16 │39 │
│男性 親 │0 │2 │14 │
│女性 親 │0 │4 │12 │
3がもっとも多く,次いで2,1についてはほとんど回答がない。Ⅰ-ⅱ-②の結果に沿っている。
続きます。
3. 小説に見る表記
3-1. 調査の概要
実際に,漢字表記,平仮名表記,片仮名表記が,どのように使い分けられているのかを調べるため,一般に市販されている小説の表記について調査した。ここで取り上げた作品は,できるだけ最近の,ある程度多くの読者がいると思われる作品の中から,筆者が無作為に抽出したものである。調査したのは,1994年から2003年に刊行された,以下に挙げる長編調節十編,短編小説十五編の,合計二十五編である。
<長編小説>
乃南アサ『家族趣味』(1997年 新潮文庫:新潮社)
樹川さとみ『楽園の魔女たち~月と太陽のパラソル~(後編)』(2002年 コバルト文庫 :集英社)
樹川さとみ『時の竜と水の指輪(前編)』(1994年 コバルト文庫:集英社)
時雨沢恵一『キノの旅Ⅶ』(2003年 電撃文庫:角川書店)
甲田学人『Missing 神隠しの物語』(2001年 電撃文庫:角川書店)
恩田陸『木曜組曲』(2002年 徳間文庫:徳間書店)
蒔田光治『TRICK 劇場版』(2003年 角川文庫:角川書店)
黒岩重吾『ワカタケル大王』(2003年 文春文庫:文藝春秋)
愛菜『天使の砂時計』(2003年 講談社X文庫(TEEN'S HEART):講談社)
井上真『鋼の錬金術師 砂礫の大地』(2003年 COMIC NOVELS:スクウェア エニッ クス)
<短編小説>
阿刀田高「迷路」
宮部みゆき「布団部屋」
高橋克彦「母の死んだ家」
乃南アサ「夕がすみ」
鈴木光司「空に浮かぶ棺」
夢枕獏「安義橋の鬼,人を噉らふ語」
小池真理子「康平の背中」
以上,『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
唯川恵「消息」
山本文緒「これが私の生きる道」
角田光代「エンジェル」
桜井亜美「I'm Proud」
横森理香「ダイナマイト」
狗飼恭子「やさしい気持ち」
江國香織「Cowgirl Blues」
小池真理子「STORM」
以上,『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
上記の小説を,対象年齢層で分けると,以下のとおりになる。
10代~20代向け
樹川さとみ『時の竜と水の指輪(前編)』(1994年 コバルト文庫:集英社)
樹川さとみ『楽園の魔女たち~月と太陽のパラソル~(後編)』(2002年 コバルト文庫 :集英社)
愛菜『天使の砂時計』(2003年 講談社X文庫(TEEN'S HEART):講談社)
井上真『鋼の錬金術師 砂礫の大地』(2003年 COMIC NOVELS:スクウェア エニッ クス)
主に10代後半~20代以上向け
時雨沢恵一『キノの旅Ⅶ』(2003年 電撃文庫:角川書店)
甲田学人『Missing 神隠しの物語』(2001年 電撃文庫:角川書店)
蒔田光治『TRICK 劇場版』(2003年 角川文庫:角川書店)
唯川恵「消息」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
山本文緒「これが私の生きる道」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
角田光代「エンジェル」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
桜井亜美「I'm Proud」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
横森理香「ダイナマイト」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
狗飼恭子「やさしい気持ち」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
江國香織「Cowgirl Blues」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
小池真理子「STORM」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
主に20代以上向け
乃南アサ『家族趣味』(1997年 新潮文庫:新潮社)
恩田陸『木曜組曲』(2002年 徳間文庫:徳間書店)
黒岩重吾『ワカタケル大王』(2003年 文春文庫:文藝春秋)
阿刀田高「迷路」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
宮部みゆき「布団部屋」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
高橋克彦「母の死んだ家」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
乃南アサ「夕がすみ」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
鈴木光司「空に浮かぶ棺」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
夢枕獏「安義橋の鬼,人を噉らふ語」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収 録
小池真理子「康平の背中」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
上記の分類は,あくまで目安としてのものであり,どの作品も年齢制限があるわけではないので,幅広い年齢層に読者がいると予想される。筆者が読んだ印象として,対象とされているであろう年齢層,主に読んでいるであろう年齢層を予想したものである。
これらの作品の,主に片仮名表記に注目して,どのような表記がされているのか,どのような効果を狙っているのか等を考察していく。
3-2. 分析とまとめ
市販の小説を調査し,中山(1998)が分類した片仮名表記語(「4.先行研究 2-2.最近の研究」参照)のうち,「13 その他」に該当する語を抜き出した。以下,3-2において,「片仮名表記語」は特に「13 その他」に分類されたものを示すものとする。他に,特に気になった平仮名表記,漢字表記も抜き出した。片仮名表記語の有無を基準に,以下に分類する。
<片仮名表記語のないもの>
黒岩重吾『ワカタケル大王』(2003年 文春文庫:文藝春秋)
阿刀田高「迷路」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
宮部みゆき「布団部屋」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
高橋克彦「母の死んだ家」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
鈴木光司「空に浮かぶ棺」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
夢枕獏「安義橋の鬼,人を噉らふ語」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
小池真理子「康平の背中」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
角田光代「エンジェル」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
狗飼恭子「やさしい気持ち」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
江國香織「Cowgirl Blues」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
小池真理子「STORM」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
<片仮名表記語のあるもの>
樹川さとみ『時の竜と水の指輪(前編)』(1994年 コバルト文庫:集英社)
樹川さとみ『楽園の魔女たち~月と太陽のパラソル~(後編)』(2002年 コバルト文庫:集英社)
愛菜『天使の砂時計』(2003年 講談社X文庫(TEEN'S HEART):講談社)
井上真『鋼の錬金術師 砂礫の大地』(2003年 COMIC NOVELS:スクウェア エニックス)
時雨沢恵一『キノの旅Ⅶ』(2003年 電撃文庫:角川書店)
甲田学人『Missing 神隠しの物語』(2001年 電撃文庫:角川書店)
蒔田光治『TRICK 劇場版』(2003年 角川文庫:角川書店)
唯川恵「消息」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
山本文緒「これが私の生きる道」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
桜井亜美「I'm Proud」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
横森理香「ダイナマイト」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
乃南アサ『家族趣味』(1997年 新潮文庫:新潮社)
乃南アサ「夕がすみ」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
恩田陸『木曜組曲』(2002年 徳間文庫:徳間書店)
以下に,片仮名表記語のある作品それぞれについて,どのような片仮名表記語が見られるのかを記し,簡単な分析を加えておく。以下の分析において,数字は参照ページを示す。数字のないものについては,全体を通して片仮名表記になっているものである。
樹川さとみ『時の竜と水の指輪(前編)』(1994年 コバルト文庫:集英社)
→10代~20代向け,三人称小説
<片仮名表記>
地の文:特になし
会話文:「オヤジ」「コワイ」「バカ」「スゴイ」「ヘン」
「イタンシャ,ジャキョウ」60
*発話者がよく意味が分からずに使っている例
「なにかとてもスゴイこと」 103
「バチが当たるよ!」 軽く諫める調子 105
「あたしもトシなのかねえ」 106
「生きるためには,モノを食う」 157
異世界ファンタジー小説であり,柔らかいタッチで描かれている作品である。平仮名が多く,普通漢字で表記するだろうと思われる語も平仮名表記されている。例えば,とき,ひと,ひとり,こども,なに,ようす,ほんとう,こまる,うごく,ひらく,すくない,つめたい,うつくしい,いそがしい……等々。多用される平仮名表記が,作品の柔らかい,優しい雰囲気を表している。また,「バチが当たるよ!」と,軽く諫める調子では片仮名表記になっているが,「罰が当たったのだ」と後悔する場面では,漢字表記になっている。台詞のニュアンスによって,使い分けていることが分かる。
井上真『鋼の錬金術師 砂礫の大地』(2003年 COMIC NOVELS:スクウェア エニックス)
→10代~20代向け,三人称小説
地の文:特になし
会話文:「ダメ」「カッコいい」「ヤダ」
「おススメできない」 17
「ヘタしたら」 49
「『石』に限りなく近い『モノ』だと言った方がいいかな」 115
少年の錬金術師を主人公にしたファンタジー小説。片仮名表記はあまり多くないが,特別な意味を加味する場合は「モノ」と片仮名表記にするなど,表記上の工夫が見られる。コミカルさと,重々しさとが同居するストーリー展開であり,この片仮名表記の量は適当であるように感じられた。片仮名表記が少し登場することで,登場人物の明るさが表現されているように思う。これが,あまり大きすぎると,全体に流れる重い雰囲気を損なってしまう恐れがある。
時雨沢恵一『キノの旅Ⅶ』(2003年 電撃文庫:角川書店)
→主に10代後半~20代以上向け,三人称小説
地の文:「イス」「ドロボウ」
会話文:「ダメ」「ヒマ」
「ま,放浪人ってヤツですよ」 121
「ホント料理が好きですね」 166
異世界を舞台に,主人公が色々な国を旅する物語。登場人物は前向きで,明るくもあるが,どちらかというと重い調子の物語である。全体の雰囲気から考えても,あまり片仮名表記が多くても不自然になるだろう。主に台詞に片仮名表記が見られるが,全体としてそれほど多くない。会話文中の片仮名表記が,会話文独特の,軽い調子のニュアンスをうまく表現している。
甲田学人『Missing 神隠しの物語』(2001年 電撃文庫:角川書店)
→主に10代後半~20代以上向け,三人称小説
地の文:「記憶の中で,神野が嗤った」 155
「少女の姿をした幽霊と思しきモノ」 161
「異なったモノ」 202
会話文:「ホント」
「~クン」 少女が少年に対して使用。
「朝イチで」
「知らぬ間に人を異界へと引き込む存在」 146
(他にも,何か特殊な存在のことを「モノ」と表記した例はいくつかある)
少年少女の周りに起きた現代の神隠しの物語である。詩的で,堅苦しい文体で描かれている。難しい言葉を多用し,漢字表記も多く用いられており(懐疑,瀟洒,所為,傾ぐ,蠢く,瞠る……等々),重い雰囲気を演出している感がある。また,片仮名表記も効果的に用いている。言葉,表記に気を配り,雰囲気作りをしている作品である。
蒔田光治『TRICK 劇場版』(2003年 角川文庫:角川書店)
→主に10代後半~20代以上向け,三人称小説
地の文:「タネ」(手品の仕掛け)「カツラ」「メンツ」
「シラをきる」 81
「ホント」 *学者の書いたレポートの題名「呪術の嘘,ホント」。この場合,どこか胡散臭いレポートとしての扱いをうけているので,「ホント」だけを片仮名表記にすることによって生まれた,ちぐはぐでおかしい印象が,うまくマッチしている。
会話文:「バカ」「ガンバレ」
「オマエ」(発話する人物によっては「お前」となる)
「イトフシムラ」 *読み方を強調している。その後,村の語源について解説。以降,漢字表記で登場。 15
「シナヌジ」 *同じく,読み方を強調。死なぬ路。 49
「カミ」 *髪と神を掛けている。81
コミカルなタッチで描かれており,言葉のトリック,言葉遊びが多い。従って,掛詞にするための片仮名表記などが見られる。これは,漢字にしてしまっては意味が一つに限られてしまうし,平仮名にしてしまっては周囲の表記に埋没してしまうためだろう。発話者によって,片仮名表記にする,しないを分けていたり,とぼけた雰囲気を表すための片仮名表記など,工夫が見られる。
唯川恵「消息」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
→主に10代後半~20代以上向け,三人称小説
地の文:「バカ騒ぎ」 9
「グラスをカラにした」 10
会話文:「このレストランは~がウリなんだそうだ」 30
恋愛小説。片仮名表記はほとんど見られない。難しい漢字もあまり使われていない。
山本文緒「これが私の生きる道」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
→主に10代後半~20代以上向け,一人称小説(既婚男性)
地の文:「バカ息子」 51
妻が入院し,その曰く付きの妹が家事をしにやってくるというストーリー。一人称小説だが,片仮名表記はほとんどない。
桜井亜美「I'm Proud」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
→主に10代後半~20代以上向け,一人称小説(女子高校生)
地の文:「マンガ」「ヒマ」「ガキ」「イヤ」「ムリ」
「ケイベツや嫌悪」 100
「ウソっぽくしらじらしく思えた」 102
「イラだっている」 103
会話文:「ヘタに捨てると,後で面倒な問題が起こったりするんだ」 113
世間からはみ出してしまった若者たちを描いた物語。全体的に片仮名が多く(人物名も片仮名表記されている),片仮名用語も多用されている。例えば,ゴージャス,ジャンキー,チーマー,ポーズ,ラッキー,フィギュア,クラブ,ナルシスティック等々。女子高生を語り手とした一人称小説であるためか,地の文に片仮名表記が多く見られる。そうすることで,若者主体の,今どきの物語という雰囲気がよく出ている。
また,地の文で,嫌,駄目,と漢字表記されているところもあり,ニュアンスの違いで使い分けていることがわかる。漢字表記されているのは,主人公が思い悩む,やや重い雰囲気の場面である。対して,「イヤ」という片仮名表記は,「イヤなタカビーばかりの高校(110)」という表現のなかの表記であり,「嫌な」「いやな」とするよりも,嫌悪する意味合いが強く出ているように感じる。「ケイベツや嫌悪」というのは,片仮名表記にすることで女子高生が使うには難しい言葉であるというニュアンスを出したかったのだろう。「軽蔑や嫌悪」では堅苦しいものになってしまうし,少女の今どきの若者としての姿が見えづらくなってしまう。片方だけ片仮名というのはおもしろい表現だが,「嫌悪」を「ケンオ」としてしまっては意味が通じづらくなってしまうので,片仮名表記にしても意味の通じる「ケイベツ」だけ片仮名表記にしたのではないだろうか。
横森理香「ダイナマイト」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録
→主に10代後半~20代以上向け,一人称小説(男性・若者)
地の文:「オヤジのイヤラシイ会話」 132
会話文:「ハタチ」「ヘン」
「ホント,付き合いわりぃよなー」 138
「それよりお祓いってカンジじゃないの?」 138
男女の出会いと別れを描いた恋愛小説。若者の会話のなかに,片仮名表記が登場するものの,全体としてそれほど多くはない。「イヤラシイ」と片仮名表記になっていることで,「嫌らしい」「いやらしい」とするよりも,下品な,またそれを快く思わないニュアンスが表現されている。
乃南アサ『家族趣味』(1997年 新潮文庫:新潮社)
→主に20代以上向け,三人称小説
地の文:「コタツ」
「私立の高校を受験するとなると,独特のワザが必要なのだということも分かっ てきた」 *コツ,のような意味で使用。167
会話文:「ヤツ」 人物を指すとき。
「ヘン」
家族を題材にした物語。台詞に片仮名表記が少し登場するが,全体を通して片仮名表記は少ない。「コタツ」は,「炬燵」は難しすぎるが,「こたつ」では地の文に埋没してわかりにくいため,片仮名表記にしたのだろうか。作者のこだわり,好み,ということも考えられる。「ワザ」は,片仮名表記にすることで,目立たせ,特別な意味を加味することに成功している。
乃南アサ「夕がすみ」『七つの怖い扉』(2002年 新潮文庫:新潮社)収録
→主に20代以上向け,三人称小説
地の文:特になし
会話文:「ヤツ」 人物を指すとき。
片仮名表記はほとんど見られない。同作者の作品である上記の『家族趣味』でも,人物を指す際は「ヤツ」と片仮名表記になっているので,これはこの作者の魅せ方なのだろう。他と使い分けるために片仮名表記にしているというものではない。
恩田陸『木曜組曲』(2002年 徳間文庫:徳間書店)
→主に20代以上向け,三人称小説
地の文,会話文:「フジシロチヒロ」(人物名)
会話文:「キモチワルイ」 115
「ダンナ」 117
「最初からモノが違う」 *「モノ」は「才能」と同じような意味で使用 152
「カン」(勘) 195
推理小説。特別な片仮名表記は少ない。上記の台詞はすべて女性が女友達に対して発したもの。「ダンナ」は,妻が,女友達に夫のことを話すときのもので,片仮名にすることで親しみが感じられる。フジシロチヒロというのは,物語のなかでキーとなる人物名で,名前だけ何度も登場する。片仮名表記にすることで,強烈に印象づけることに成功している。
以下の二つの作品は,特に片仮名表記の多く見られたものである。
樹川さとみ『楽園の魔女たち~月と太陽のパラソル~(後編)』(2002年 コバルト文庫 :集英社)
→10代~20代向け,三人称小説
地の文・会話文:「ケンカ」「バカ」「アタマ」「ホント」「ダレ」「ナニ」「イヤ」「アホ」「ハデ」「ステキ」「イケニエ」「エサ」「ラク」「ヒト」「イヤミ」「ムリ」「コト」「ヤツ」「カオ」「カン」……等々
地の文:「ウソからでたマコト」 8
会話文:「あなたがたのコトワザ好きは存じております」 96
「えいえんが?」 *言葉は分かるが,どういう意味で言われたのか分からず,鸚鵡返しに聞き返している。 40
ファンタジー小説で,非常にコミカルな,テンポの良い作品。片仮名を多用することで,軽さを演出している。三人称小説だが,地の文にも片仮名が多い。「あなたがたのコトワザ好きは存じております」では,「コトワザ」と片仮名表記にすることで,嫌味を含んだ言い方を表している。また,「えいえんが?」は,平仮名表記にすることで,意味の分からない幼いこどものような雰囲気を表している(発話者は十代後半の女性)。
愛菜『天使の砂時計』(2003年 講談社X文庫(TEEN'S HEART):講談社)
→10代~20代向け,一人称小説(女子高校生)
地の文・会話文:「トツゼン」「トモダチ」「ハハオヤ」「チチオヤ」「モンダイ」「カンケー」「フツー」「マトモ」「トキ」「サイアク」「ケッコン」「レンアイ」「ワケ」「オトコ」「オンナ」「ヒトサマ」「メーワク」「カノジョ」「ジャマ」「フクザツ」「コロボソサ」「アタマ」「デンワ」「チカラコブ」「ワカラン」「ケーサツ」「ヨケー」「ブザマ」「ヒトコト」「イノ チ」「ノンキ」「ボーゼン」「テキトー」「マブタ」「ラクショー」「アイしてた」「コゲる」「ボヤく」「ナメてかかる」「ハズシた」「コワい」「ナサケない」「ネバる」……等々
少女向け恋愛小説で,テンポの速い作品。片仮名表記をすべて抜き出すと膨大な量になるので,一部紹介した。漢字よりも片仮名の方が多いように思ってしまうほどである。若者の視点で描かれ,若者同士の会話がそのまま物語になったような印象を受ける。ここまで片仮名表記が多くなると,読みづらいものがあるが,対象である十代少女にはこれが読みやすいのだろうか。想像を超えたあらゆる語が片仮名表記になっている。特に,「ココロボソサ」などには驚かされる。片仮名表記にすることで,若者言葉を表しているが,それ以外には特に他と違うニュアンスを加味するという狙いはほとんどない。
特別にこの作品が片仮名表記が多いというわけではなく,TEEN'S HEARTシリーズにはこういったものも多い。
以上は,主に片仮名表記を中心に抜き出した。対照的に,『ワカタケル大王』著:黒岩重吾(2003年 文春文庫:文藝春秋)(三人称,歴史小説)では,片仮名表記はまったく見られないが,漢字表記が非常に多く見られる。以下に,一部紹介する。
鼾(いびき),不寝番(ねずのばん),何時(いつ),訊く(きく),髭(ひげ),寧ろ(むしろ),筈(はず),何れ(いずれ),視る(みる),瞠る(みはる),漸く(ようやく),殆ど(ほとんど),積り(つもり/~するつもり,の用法),暫く(しばらく)……等々
これは,百済,新羅,高句麗を舞台とした歴史小説であり,全体として堅苦しい語り口である。台詞回しも重々しく,軽い雰囲気は全くない。普段は使わない,振り仮名を振らなければ読めないような漢字を多用することで,時代感と,重さを表現している。
また,江國香織「Cowgirl Blues」『Love Songs』(1999年 幻冬舎文庫:幻冬舎)収録(主に10代後半~20代以上向け,一人称(女性・若者),恋愛小説)では,「みつひこ」と,女性が平仮名で別れた恋人の名を呟くシーンがある。普段は「光彦」と漢字表記されているのだが,主人公が泣きながら名前をつぶやいたこのときだけ,平仮名表記になっている。「光彦」や「ミツヒコ」とするよりも,主人公の悲しい気持ちが表れている。拠り所を失った,頼りない雰囲気が表現されるのである。
以上,それぞれの小説について表記の工夫を見てきたが,総じていえることは,表記も大切な表現方法の一つであるということである。例えば,『天使の砂時計』での片仮名表記を漢字表記にしてしまっては,まったく別の作品のようになってしまうし,『ワカタケルの大王』での漢字表記をなくしてしまっては,時代小説特有のニュアンスは表現できなくなってしまうだろう。それ以外のどの作品も,決して,ただなんとなく片仮名表記にしていたり,平仮名表記にしているわけではない。その表記法でしか表現できないものを表現しているのだと,一つ一つ分析しながら深く感じた。小説家は実に偉大である。
主に片仮名表記について見てきたが,全体として,地の文よりも会話文に片仮名表記が多く見られる。会話文の方が,表記によってニュアンスの違いを表すのに適しているのだろう。また,動詞や形容詞よりも,名詞が片仮名表記になっている例が多い。特に多く見られたのは,「バカ」「ヘン」「ホント」「ダメ」などである。特別な意味を表す用法もあるが,軽いニュアンスを表現するための片仮名表記が多く見られた。
以上,小説の表記法の分析から,それぞれの表記についてまとめると,小説の表記に見る片仮名表記の役割は,①若者言葉のニュアンスを表す ②軽い,コミカルなニュアンスを表す ③読みを特に強調する ④他と区別し,特別な意味を加味するの,主に4つだと考えられる。平仮名表記の役割は,①やわらかいニュアンスを表す ②幼いニュアンスを表す の主に2つだろうか。平仮名表記にすることで,やわらく,あたたかい雰囲気が作品に流れるように感じる。これは,漢字にも,片仮名にもできない役割である。漢字表記の役割は,堅苦しく,重々しいニュアンスを表すことだろう。難しい漢字になればなるほど,その効果は大きくなる。また,時代の古さも表すようである。
また,表記の使い分けは,作者によって変わる部分ももちろんあるが,それだけではない。例えば,『時の竜と水の指輪(前編)』と,『楽園の魔女たち~月と太陽のパラソル~(後編)』は,二作品とも同作者(樹川さとみ)の著書だが,使用される片仮名表記の量は大きく異なる。作品の雰囲気によって,表記も使い分けているのである。
すべて選択、コピー! って試しにやってみたらさすがにフリーズしやがりました。
第一回は、「先行研究」です。
興味のある方だけ。
というか正直なとこ、読む人いないんじゃないかと思うんですが。
私なら読まん(オイ。
ふと気になったときにでもどうぞ。
長いですよ。
※しょせん学生の論文ですので、至らないところとか多数見つかることとは思いますが、ご容赦ください。
1. はじめに
現代の表記は,いうまでもなく漢字仮名交じり文である。この漢字仮名交じり文というのは,これもいうまでもないことだが,漢字と平仮名,片仮名からなる。私たちは文章を書くときに,多くの場合はほとんど意識せず,漢字と平仮名,片仮名を使い分けている。漢字にできる単語は漢字にし,外来語など片仮名がふさわしければ片仮名を使用し,他は平仮名で表記する。しかし,小説や雑誌,漫画,歌詞などを見ていると,これらを意識して使い分けている例を目にすることがある。例えば,
① 我侭な女性は嫌だ
② わがままな女性はいやだ
③ ワガママな女性はイヤだ
というふうに,三つの例を考えると,それぞれの文から受ける印象は決して同じではない。「ワガママ」よりも「我侭」の方がよりその度合いが強いように感じるし(これは個人差があるだろう),この台詞を口にしている人物像もそれぞれ性格が異なるような印象を受ける。
では具体的に,漢字表記,平仮名表記,片仮名表記を使い分けることで,文から受ける印象はどのように変わってくるのだろうか。どのような文に,どのような表記がふさわしいのだろうか。小説に見られる表記や,アンケート結果を中心に考察していきたい。
2. 先行研究
2-1. 表記の歴史
以下は,金田一春彦(1988)『日本語百科大辞典』「Ⅵ文字と表記」(参考文献1)を参考に,表記の歴史をまとめたものである。
2-1-① 漢字表記の歴史
漢字を取り入れるまでは,日本には文字は存在しなかったといわれている。漢字を取り入れ,文字としての働きを理解して初めて,日本の事柄を記録するということが可能となった。しかし,漢字はあくまで中国語を書き表わすための文字である。最初のうちは,漢字を使って日本語を書くことは不可能であった。しかしやがて,漢字を使い慣れていくうちに,日本語を書き表わすための文字に作りかえる工夫が行なわれた。漢字の,意味と発音とを同時に表すという働きを利用したのである。以前は日本になかった物や事柄を中国から輸入した場合,その漢字の意味を利用し,発音は日本語風にかえて読むようにした。古墳時代には,日本語を漢字で書き表わすことができるようになった。とはいえ,最初の姿は漢文に近く,文字の並べ方は原則として漢文の順序になっていた。しかし,やがて漢字を使い慣れると,文字の順序を日本風に崩した文章が書かれるようになる。そのような文体を変体漢文という。
2-1-② 仮名の成立
仮名は仮の名と書くが,これは真名(漢字のこと)を転用した,仮の字という意味である。万葉仮名(『万葉集』に数多く使われたので,このように呼ばれる。漢字の形はそのままだが,漢字の持つ意味は無視し,発音だけを利用して日本語の発音を表したもの)を書きくずしたのが平仮名,字画の一部をとったのが片仮名である。片仮名は平安時代からそう呼ばれていたが,平仮名の名称はかなり新しいもので,古くは「女手」と呼ばれていた。平仮名という名称が使われ始めたのは,江戸時代初期ごろではないかといわれている。
万葉仮名は,もともと日本の地名や人名を表すのに用いられ,やがて歌の表記にも使われるようになったものである。しかし,奈良時代末期ごろになると,普通の日本語の文章を万葉仮名で書いたものがあらわれた。「正倉院万葉仮名文書」と呼ばれる二通の手紙である。この手紙では,私的な内容のためか,万葉仮名が行書体に書きくずされており,漢字のおもかげを残していないものもある。この行書体に書きくずされた文字に,仮名が誕生するときの姿を見ることができる。奈良時代の初期から,漢字を書きくずしたものは,万葉仮名に交じって使われていた。なかでも,戸籍や通信などの実用的な文書に限って使われている。また,そのような文書をみると,同じ発音を表す万葉仮名でも,できるだけ字画の少ない簡単なものを選んで使う傾向がある。たとえば,マを表すのに,「摩」や「麻」よりも「末」や「万」を使う,というような具合である。その傾向が強くなり,字を大きく書きくずしたり一部を省略するするようになったと考えられ,このあたりに平仮名や片仮名が作られた動機があったと推定できる。
平仮名は,「万葉仮名文書」のような,文全体を万葉仮名で書いたものを祖先とし,草仮名から成立したといわれている。草仮名とは,万葉仮名を草書体に書きくずしたものである。草書体で書かれたものには,歌や私的な手紙が多い。平仮名についても同じことがいえる。平仮名ははじめ,そのような用途の字として成立したと考えることができる。やがて,『土佐日記』をはじめとして,文学作品が平仮名で書かれるようになり,このとき日本語は,それを自由に書き表わすことのできる文字を持つようになったといえる。
一方,片仮名の成立は,平仮名とは異なる。片仮名は,漢文を読むためのメモから成立したといわれている。漢字を日本語に当てはめる工夫と同時に,漢文を日本語の文章に直して理解することが工夫され,平安時代の初期から,漢文を訓読するための読み方を記号やメモで示す方法ができた。これを訓点という。訓点はメモであるので,早く書く必要性があり,また,狭いところに書かなくてはならなかった。そのため,万葉仮名の一部を省略して使ったのが片仮名になったと考えることができる。つまり,片仮名は,本来文章を書くための字ではなかった。片仮名でまとまった文章を書くようになるのは,平安時代の末からである。
2-1ー③ 漢字仮名混じり文
はじめは,日本語を漢字だけで書いていたが,この書き方では助詞,助動詞や活用語尾などが書きにくいだけでなく,文の形が直接にはわからないなどの欠点があった。そういったさまざまな欠点を補った,漢字仮名交じり文が誕生したのは,自然な流れであったといえるだろう。実際に漢字仮名交じり文が成立したのは平安時代の末であり,それまでは原則として漢字だけで書くか,ほとんど平仮名だけで書くか,いずれかであった。発音がわかるように書くための工夫から,漢字仮名交じり文が成立したといわれている。はじめ,この書き方は,説話文学の作品に用いられた。説話文学は,口でかたった話を元にしたものが多く,作者である僧や学者たちは,日頃から漢文に慣れていたため,漢字仮名交じり文が採用されたであろうと推測できる。やがて,時を経て,他のジャンルのものも漢字仮名交じり文で書かれるようになっていった。
また,はじめのうちは,平仮名と片仮名のはっきりとした区別はなかった。区別されるようになったのは,平安時代の中ごろだという。芸術的な事情をひとつの理由として,多く用いられたのは片仮名よりも平仮名であった。貴族の社会では,歌や物語を書いた巻き物が生活を飾る道具の一つであり,また,やりとりする手紙にも意匠をこらした。よって,曲線的な字体である平仮名が芸術的であるとされ,好んで用いられたのである。
以降の日本語表記体系のなかでは,漢字表記,平仮名表記,片仮名表記,の三つの表記が用いられている。
2-2. 表記に関する最近の研究
内山(1999)は,文字体系間の使い分けは,表記規則によって厳密に律されているわけではないとし,使い分けは,一般に慣習的であると述べている。文字体系の使い分けには,語種との関わりも認められ,和語は,主に平仮名もしくは漢字,漢語は主に漢字,いわゆる外来語は,主に片仮名で表記される,としている。
また,片仮名表記に着目し,片仮名が表記する言語的要素として,以下の十項目を挙げている。
①漢語以外の外来語
②擬音語・擬態語・擬声語
③固有名詞(地名・人名・組織名・団体名・タイトル名など)
④外国人による日本語の音声
⑤片仮名英語・ブロークン=イングリッシュ(ジャパリッシュ,ジャパングリッシュ などと称される)を示す
⑥動物や植物の和名,俗名
⑦慣用的な漢字の代替表現
⑧臨時に特定の語を示す
⑨臨時に特定の音声を示す
⑩符号の類
片仮名表記語は,本来,漢字・平仮名での表記を予定されるべき語が,片仮名で表記されたものであるともいえるとしている。以下,内山(1999)「電脳時代の片仮名表記のゆくえ-メタファーと表現効果をめぐって-」を簡潔にまとめる。
佐竹(1989)(筆者未見)は,若者における感情の表出をもととする話し言葉的表現が,非標準的なものとして片仮名表記を好むと述べている。片仮名表記が,非標準的である点にその表現性の基盤を持つ,という意見は,近時の文章が片仮名語よりもむしろ漢字が多いという見解とともに表れる。片仮名語が「氾濫」し,文字表記中に片仮名の占める割合が多くなると,むしろ視覚的に漢字が新鮮になる。
しばしば,片仮名は,その直線的で省画化された形態が,軽快でスマートな心理的効果を持つと説かれ,それが外国語を表記するという職能をもって存在していることが付け加えられる。しかし,片仮名表記語は,漢字や平仮名との比率において考えられるものであって,とりわけその<表現効果>を論じるとき,心理学的要因はそれほどまで有効ではない。
土屋(1976)(筆者未見)は,「はな」「くび」「ゆめ」の語をとりあげ,漢字表記語と片仮名表記語とが併行して行なわれた場合,前者の方がより具体的な事物を指すと述べている。言い換えれば,片仮名表記語は,対象の暗喩的拡張を表示するということになる。
表記の問題は,文学の表現において,ほとんど重要ではないという意見もある。表記が文体の問題に本質的ではない,という指摘である。しかし,「渡邊さん」と「渡辺さん」とが同じという程度には,「渡辺さん」と「ワタナベサン」とは同じでない,と考えられる。我々は,明らかに前者が日本人(日本語母語話者)の呼びかけであり,後者が外国人(日本語非母語話者)の呼びかけであると理解することができるのである。ただし,そのときに片仮名は音だけを抽出して転写しており,それが表音文字と呼ばれる所以であろう。この,音声形を表示する機能は,片仮名を,一面,客観的な機能を持つものとして見ることを可能とする。
片仮名は,片仮名表記語を産む動力として,つまり,その<表現効果>として,概念の暗喩的拡張と,対象への客観性の確保とに機能していると見られる。それらはともに,特定の解釈に回収されうる特性を持っている。このようにして与えられる片仮名表記語の二重性が,その未来を予見するものと考えられなければならないのである。
以上,内山(1999)「電脳時代の片仮名表記のゆくえ-メタファーと表現効果をめぐって-」をまとめた。
中山(1998)は,片仮名表記語の実態を探るべく,新聞三日分を対象に片仮名表記語を拾いだし分類を試みている。その結果,非外来語の片仮名表記として,次の13項目を挙げている。
1 擬音(声)語・擬態語 2 感動詞・終助詞・語気語調 3 振りがな 4 方言・文 5 外国人の発話文中語・外国製単語 6 混種語
7 動植物名・性別 8 専門用語・隠語・俗語 9 電報文・(事務書類の宛名)
10 単位・数を数える語 11 人名・国名・地名 12 機関・施設名 13 その他
また,「13 その他」について,さらに以下の(1)~(6)に分類している。
(1)漢字で表される漢語の第一義でない場合
本のオビ(帯) カギを握る(鍵)
コツ(骨)をつかむ 目からウロコ(鱗) ノビてる(伸びてる)
(2)第一義だが,漢字で書くとわかりにくい場合
メド(目処)が立つ ベーゴマ(貝独楽) ボヤ(小火)
(3)表記者が本来の意味に特別な意味を加味している場合
カネ ズレ モノ 岡光サン
・本来の意味と区別したいため
「カネ」はここでは選挙資金を指す,という具合
(4)表記の段階で,他とのバランスを考えたと思われる場合
ケイリン ハサミ おチビさん
・例えば,自転車競技の種目として,「エリミネーションレース,ポイントレース」等と並んで「ケイリン」が挙げられているが,この場合は,他の種目名が全て片仮名表記であるので,競輪も片仮名表記されたと考えられる。
(5)見出し語等の単なる強調の場合(視覚的効果を狙ったもの)
ナゾ ニセ 「ハズレ」
(6)漢字または平仮名表記でよいと思われる場合
マンガ カッコ ムダ オムツ
中山(1998)は,非外来語の片仮名表記と外来語の片仮名表記は1:9の割合だが,片仮名表記される言葉は非外来語の方が多様だと述べ,一時的な流行語ではなく,ある程度定着した語の,それなりの規制のなかでの表記であるとし,この多様性を受け入れざるを得ない確かな存在だと述べている。
安井稔(2000)は,片仮名表記語の特徴として,ハイカラ性と隔絶性とを挙げた。特に,隔絶性については,漢字のそれよりも大きな効果をもたらすとしている。片仮名表記語が増加している理由としては,次の二つの特性を挙げている。
1 「非表意的特性」 「表音的特性」
2 片仮名語形態素の境界を確実に切り取っているレンガ性,漢字性,独立性という特性